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WRANGLER ラングラー関連
チャールズ・C・ハドソン(C.C. Hudson (Charles, Crumb)) チャールズ・C・ハドソンはBLUEBELLの生み親である。1904年に弟のホーマーと共に「ハドソン・オーバーオール・カンパニー」を設立(ちなみに2年前にリーヴァイ・ストラウスは他界)。1919年に「ブルーベル・オーバーオール・カンパニー」に社名変更。1943年には「WRANGLER」の商標を持つケーシー・ジョーンズを買収。そうした上でWRANGLERブランドが誕生するため、厳密に言うとWRANGLERの生み親というよりは育て親の一人と言うべきなのかもしれない。Lee Japanのサイトによるとケーシー・ジョーンズは「WRANGLER」商標1905年に登録。チャールズ・C・ハドソン本人に関する資料は乏しいようで、いつ頃生まれて来ていつ他界したのか、その辺を記した資料はジーンズ雑誌、Webなどからは残念ながら見たことがないです...。
ケーシー・ジョーンズ(CASEY JONES) アメリカでは「伝説の機関手」と言われているケーシー・ジョーンズ。1928年4月に不慮の事故により他界。事故の際に仲間や乗務員達をかばって命を落とすこととなる。事故の残骸から発見されたケーシー・ジョーンズからは片手で汽笛を持ち、もう片方の手で空気制動機レバーを握りしめながらという状態で発見され、このエピソードと共に歴代機関手達の中でもっとも有名な機関手となり、それは機関車のおもちゃや、童謡などでも幅広い形で現代まで語り継がれている。衣料ブランドのCASEY JONES社は、この人物から社名を取り入れてると考えられるが、直接は関係なかったと思われる。ブランドタグからはケーシー・ジョーンズ本人を描いたと思われるオーバーオールを着たイラストが掲載。1905年にCASEY JONES社は「WRANGLER」の商標登録を行ってる為、このブランドがなかったら「WRANGLER」という名のブランドは無かったと言っても過言ではない。又、近年Lee JAPANが「WRANGLER100周年」と謳っていたが、この時期から数えて100周年だと思われる。1943年CASEY JONES社はBLUEBELL社に買収されるが、そのブランド名は消えることはなく、WRANGLER JAPANでも復刻されてたりしていた。
ロバート・W・べーカー 1907年に創業した「ジェリコ・クロージング・マニファクチャリング社」の社長。1926年にはBLUE BELL社を買収し、この会社が母体となりその後WRANGLERブランドに繋がることとなる。
ロデオベン
ベンジャミン・リヒテンシュタイン(Benjamin Lichtenstein)
1930〜1940年代ハリウッドの西部劇衣装デザイナーとして活躍した人物で、WRANGLERを語る上でもっとも重要な人物。BLUE BELL社はこのデザイナーを起用し、1947年にロデオベンの息が掛かった記念すべきWRANGLER 1stモデル「11MW」をリリースする。その後、ロデオベンが関わったと思われる11MJ、27MWをリリースするが、実際どこからどこまで関わっているのかは不明であり、細かく書かれた資料はないようだ。1950年には、当時全米の子供達を虜にしたテレビ番組「ホパロング・キャシディ」の衣装デザインを担当することになり、BLUE BELL社からボーイズ・ブランドとしてもリリースされた。サンフォライズド加工を施したブラックツイル素材によるジーンズとジャケットがリリースされ、製品は「ホッピーズ」と呼ばれた。スナップボタンやアローポケット(スマイルポケット)の考案者とも言われ衣料業界にとっても功労者である。当時ワークブランドメーカーであったブランドが、衣装デザイナーを起用するのは異例のことで、Levi's、Leeとの差別化はここにあり、デザイナージーンズの原点とも言える。そんなロデオベンも1979年92歳にして他界。棺には彼が愛した純白のウエスタンカットスーツと一緒にお別れしたとか...。 WRANGLERの魅力を語る上で、デザイナー「ロデオベン」が絡んでることを挙げる人も少なくない。WRANGLER(BLUE BELL)に貢献した功績はあまりにも大きかった。
大川 照雄 元ヴァンジャケット(VAN)の専務取締役であり、WRANGLER JAPANの元代表取締役社長。ヴァンジャケット40%、三菱商事30%、東洋紡績30%出資の株式会社として、1971年10月4日に記念すべき「WRANGLER JAPAN」が設立されるが、設立当時はWRANGLER JAPANというのは名ばかりの会社で、社員はたった4名しかいなかったとか...。ちなみに当時WRANGLER JAPANの製品を実際製造していたのは東洋紡績だったようです。
田垣 繁晴 WRANGLER JAPANを語る上でもっとも重要な人物の一人。大学卒業後、服装学院で学び、パリへ。カステル・ジャックや、ピエール・カルダンと仕事。帰国後STUDIO D'ARTISANを創設する。日本で一番最初にレプリカジーンズに手を出した人とも言われ、業界では先行者にあたり草分け的な存在。知名度的にはSTUDIO D'ARTISAN創設者が一般だが、WRANGLERファンには「田垣ラングラー」が馴染み深い。WRANGLER JAPANは1980年後期あたりからデザイナー田垣氏を起用し、アンティークラングラーシリーズを展開。数々のレプリカジーンズ製作に手を出すが、そのデザインはレプリカという型にハマったものではなく、オリジナリティーに溢れたものであった。例えば11MWにバックストラップ、股下リベット、ドーナツボタンなどが装備されてたり、ヴィンテージではありえないディテールである。ファンの間では、その独創的なデザインに微妙な空気が流れてたのも事実だが、STUDIO D'ARTISANのジーンズに生かされてるのもまた納得できる事実である。現在はダルチザンを離れ、ヨーロッパに渡りフランスで店舗を出店。そして日本で新たなる創作作業を展開中のようです。
柴山 修 元WRANGLER JAPANの商品企画ディレクター。90年代初期のファッション雑誌(BOON他)でもお馴染みで、VINTAGE WRANGLERなどの紹介で度々目にした人もいるのではないだろうか。WRANGLERのレプリカやビンテージ紹介では必ずと言っていい程紹介されてました。いつも27MWを着ていて、立派な髭を蓄えたあの方である。デニムをこよなく愛し、根っからのWRANGLER愛好家でもあったが、WRANGLER JAPAN解散後、どこで活躍してるのかは不明。
細川 秀和 Lee Japanのチーフディレクター。大学卒業後エドウィンに入社し、その後Lee企画に20年近く携わる。現在Lee
JapanからのWRANGLER製品は、全てこの細川氏のフィルターを通してリリースされたものと思われる。最近ではファッション雑誌
「Free&Easy」に度々登場。
石井 大知 Lee Japanの企画生産部に所属。メディアには「別冊ライトニング62 THE DENIM BOOK」が初登場と思われる。Leeの商品はもちろんのこと、WRANGLERのアーカイブシリーズなど企画。
坂田 真彦 高校卒業と同時に上京しバンタンデザイン研究所に入学。卒業後、いくつかのコレクションブランドを渡り歩き、1993年メンズビギに入社。2001年フリーとなりメンズビギのチーフディレクターに就任。メンズビギは坂田氏を中心に2003年WRANGLER(Lee JAPAN)との共同プロジェクトによる新レーベル「BEN THE RODEO TAILOR」をスタートする。ベンザロデオテーラーとは、ロデオベンへの「リスペクト」とニュースタンダードを構築する坂田氏の現代的センス融合させたものであり、まったく新しいブランドである。その幅広いテリトリーはデニム中心だけでは収まらない。デザイナーであるロデオベンは、ラングラーと関わる前にハリウッドスターへの衣装提供時代があったが、その頃をリスペクトしたスーツなども存在する。又、そのスーツの販売ではアポイント制による限定販売を行い、ディレクター坂田氏自ら直接接客するなどブランドに対する熱い一面が伺える。レザータイプの111MJや、パールホワイトなチャンピオンジャケット12MJZのリリースなど、今までの固定概念を覆し、WRANGLERブランドに新たな風を送り込む。2006年には青山にヴィンテージショップ「archive&style」をオープン。
金丸 力也 特殊内装工事を請け負う施行会社の代表であり、古着屋「GOLD GATE」オーナーを営む二足のわらじを履いたWRANGLER収集家。そのコレクション数は膨大で、おそらく日本一のWRANGLERコレクターではないかとも思わせる。2007年にはWRANGLERオンリーショップとしてGOLD GATE2号店「GOLD GATE 2nd」をオープン。金丸氏をもっとも世に知らしめたエピソードが2004年11月号「Free&Easy」掲載のDAD'S STYLEのコーナー。所有するWRANGLERのレアなヴィンテージ紹介と共にコメントが掲載。「僕の最終目標は、エドウィンからラングラーの権利を買い取って、社長になること。これ冗談じゃなくて本気ですよ(笑)」この記事にWRANGLERファンは度肝を抜かれるが、それから2年後...話は一転する。WRANGLER(Lee JAPAN)とGOLD GATEのコラボレーションによる、チャンピオンジャケット111MJがまさかのリリース発表。この急展開にもまたビックリすることとなり、洒落の通じたLee JAPANの器の大きさも同時に痛感することとなる。
【参考資料・web】
WRANGLER(Lee Jpana)BEN THE RODEO TAILORSTUDIO D'ARTISANGOLD GATE
GパンズBLOOPERS 【参考資料・書籍】
THE JEANS
別冊Lightning「デニムスタイルブック」
Free&Easy 2004年11月号
THE CI「ラングラーのBI」